20100926

落ち着くという名の遮断

最近気になるクライアントがいる・・・
認知症のKさん・・・

排泄や臥床に関する訴えが多く

気づけば彼女の声が聞こえてくる・・・

トイレの場所がわからなければ

排泄動作も介助がなければ遂行できない・・・

あまりに頻回な訴えに

彼女の声はクライアントの切実な訴えとして

周囲に認知されなくなってきた・・・・

欲求が満たされない時

欲求の因子は主観の中で増幅し

その人を支配する・・・

担当のセラピストは気分転換や新しい遂行文脈を作ろうと

試行錯誤しているが・・・

まず今すべきは欲求段階の引き上げだろう・・・

欲求が満たされるということは

現象としてのみ成立するものではない・・・

解決をイメージできる・解決の確約を認識できること

これが何よりも大切!

何時いかなる時でも

あなたが解決を望むとき

いつでも力になりますよ

だから心配しないでくださいね

この文脈とそこから生じる安心感が足りない・・・

今日私の自慢の後輩たちに

彼女をみんなで援助していくことを伝えた・・・

私の勘でしかないが・・・

今ならまだ彼女はもどってこれる

不穏の解決策をすぐに薬に求めるようなプロトコールを

私は絶対に認めない・・・・

こちら側の予測に反した行動を問題行動と呼ぶことを

私は絶対に認めない・・・・

長期の不穏の末に

“落ち着いてきた” という言葉に閉じ込められた

感覚遮断状態のクライアントを過去に何人も見てきた・・・

リハのゴールはクライエントの主観の中にある・・・

それが分からなければリハアプローチは

一瞬で残酷なものにも変容する・・・

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