20121027

可能化の可能化の可能化






評価は自分が情報を得るために行うと思っていた.
検査や測定の先に目標があると思っていた.
プログラムは与えるものだと思っていた.
変化は全て客観的に測れると思っていた.


今まで築き上げたフレームを壊さなければいけなかった.
フレームを作り変えなければならなかった.
言葉だけでリフレーミングはできなかった.


どんなに経験の無い学生でもニーズという言葉を知っている.
でも作業療法を父権的に提供するサービスであると思っている以上,
ニーズという言葉は決して正しく使用できない.


作業とは,動作や活動と異なること.
作業とはクライエントの一度きりの文脈の中にあること.
作業を遂行するのはクライエント自身であること.
作業の意味や価値はクライエントの中にあること.
変化や効果はクライエントが認識するものであること.


それが実感できれば作業療法という作業の形態は鮮明になる.
真のニーズに寄り添えるようになる.


だからバイザーには,レポートの書き方ではなくて,
評価の目的を徹底的に話し合ってもらったし,
僕の面接評価にもずっと立ち会ってもらった.


可動域の制限や随意性の低下にずっと悩んでいた君が,
嚥下障害があり,発話が不明瞭なクライエントが
友人とお茶飲みを継続するためにはどうすれば良いか?
それを悩みはじめたとき.僕はとっても嬉しかった.


学生という不安な立場で,
家族や他の職員にも積極的にアプローチできた.
クライエントの想いの重さを知ることができた時から,
君は「先生」から「パートナー」になった.


たった8週間という短い期間で,
自分のフレームを作り替えることは大変な苦労だったと思う.
もちろん,それを支えたバイザーも大変だったと思う.


でも,どんどんイイ顔になっていったこと.
クライエントに好かれていたこと.
皆がウチに就職してほしいと思ったこと.
それが何よりも君の成長を物語っているよね.


学生さん.バイザーの2人.本当にお疲れ様でした.
ちなみに僕は何もしてません(笑)






クライエントの目標は作業の可能化であり,
君の目標はクライエントの作業の可能化であり,
僕達の目標はクライエントの作業の可能化による君の実習という作業の可能化.


僕達が君を信じて一緒に考えたから君が成長したように,
君がクライエントを信じて一緒に考えたからクライエントは成長したんだよ,




20121008

揺るぎないもの


サイモン・シネックのゴールデンサークルを知っていますか?

革新的な仕事をすることができる組織と,そうでない組織には
それぞれある共通点があるのだそうです.

そしてそれは,このシンプルな図で表すことができるのだそうです.



ただ円が3つ重なったシンプルな図です.
円の中に,Why How What が並んでいるのがわかります.
これは,物事の進め方を表している図なのです.


成功を収めることができない組織を調べてみると,
円の外側から仕事を作っていく傾向があるのだそうです.

反対に,革新的な仕事を成し遂げる組織を調べてみると,
中心から外側に向けて仕事を進めていくという共通点があるのだそうです.

つまり,What→How→Whyの順番ではなくて,
Why→How→Whatの順番で仕事をすすめるということです.




ADOC projectのリーダーである友利さんも
いつも徹底的に「Why」に拘ります.

安易に手段を考えて,見切り発車することをせずに,
「なぜ」やるのか?「何のために」やるのか?を徹底的に話し合います.

だから,ADOC projectは短期間で沢山の仕事をすることができます.
そしていつも目的を見失うこともなく,手段が形骸化することもありません.

友利さん本人が,
「OTが質の高い作業療法ができるようになって,そして多くのクライエントが
幸せになれるもっと良い方法があるなら,ADOCなんていつでも捨ててかまわないよ」

いつもそう言っています.それはいつも「Why」が揺るぎないからです.

実は先日,友利さんにCOPMを開発したチームから,あるメールが届きました.
詳しくは記載しませんが,著作権等についてのメールでした.
友利さんはCOPMチームに対して以下の返事を書きました.



We are always thinking of ways to improve the OT practice in Japan,
based on medical context.
ADOC was developed based on our strong will which promote to
Occupation-based practice.
If I was to speak out without a fear of being mistaken,
I think our will was nurtured from you via the COPM, CMOP, OPPM etc.
We are very respecting for you and your achievements,
and we do not intend to infringe a copyright of COPM.
Moreover, we are not gaining income by ADOC.
The all earnings pass the cost on to administration  of the website
named "Everyone's Rehabilitation-plan"
We want to contribute to promote the Occupation-based practice.
We hope our will get through you and your colleagues.


私たちはOBPの推進に貢献したいと思っている.

私たちは日本の医療ベースのOT実践を改善する方法をいつも考えている.
ADOCはOBPを推進したいという私たちの強い意志に基づいて生まれたものである.
誤解を恐れず言うならば,私たちのこの意志は,
COPM,CMOP,OPPMなどを通してあなたたちに育ててもらったと思っている.

私たちはあなた方の業績に敬意を表するとともに,コピーライトを侵害するつもりもない.
さらに私たちはADOCによって収入を得ていない.全ての収益は”みんなのリハプラン”の運用費に回している.

その気持ちがあなたたちに届きますように...




このメールに対して,COPMチームからの返信…





Thank you so much for your message and for your explanation.
The COPM Team is pleased to hear from you and applaud your efforts to
improve OT practice in Japan and your support of occupational based
practice.


説明とメッセージをありがとう.
COPMチームはあなたたちから(直接)話しを聞くことができて嬉しいし,
あなたたちのOBP(普及)への取り組みや,日本のOT実践を改善しようとする努力を賞賛する.






やはりCOPMチームの方々は,素晴らしい方達でした.
もしもWhatやHowにこだわる方達だったら,きっと何らかの問題が
発生していたと思います.

このメールから,COPMチームの方達がWhyを大切にしてきたことが分かりましたし,
ADOC projectもWhyを大切にしてきたことが分かってもらえたことが
何よりの喜びです.

僕達は,生まれも,育ちも,住んでる場所も,所属する組織も違います.
また,日々行なっている作業も,臨床・学会発表・執筆・研究と様々です.

でもWhyが同じなのです.

















20121007

「変える」より「気付く」にむけて




今夜は来週のミニ勉強会のスライドを作っています.
対象は回復期病棟の全スタッフなので,作業療法の話ではありません.
今回のテーマは認知症ケア.タイトルは「空間は1つ,世界は2つ」です.


今回の勉強会では,BPSDなどの症状に関する説明や
バリデーションなどの各種技術についての詳しい話は一切しません.

「空間は1つ,世界は2つ」
この言葉の意味を考えるギミックだけを準備する予定です.


現在,認知症者に対する様々な「手段」が提唱されています.
しかしながら,普段臨床に従事していると,これらの手段を効果的に
活用できていないと思わざるをえない場面に多々遭遇します.

私たちは皆それぞれの価値観や経験を踏まえて
世の中の現象を,見て,感じて,解釈して,行動しています.
1人として同じ人間がいないのに,何とか調和がとれているのは,
それぞれから見た「世界」を構成している根本的な原則に共通点が沢山あるからです.

日時,場所,立場…‥etc.多くの基本的な事柄を
「共通認識」できているという認識下の「前提」があるからこそ,
私たちは環境とのやり取りの中で混乱や破綻をきたすことなく
日々を過ごすことができています.

僕は自分がバラだと思っていた花を,
周囲の人たちから「これは似てるけどバラじゃないよ」と指摘されれば,
「あぁ,そうなんだ,自分は間違って覚えていたんだな」と納得できます.

しかし自分の娘を指さして,
「あの子はあなたの娘じゃないよ」と指摘されれば,
とても納得することはできません.頭の整理がつかず,混乱し,
出口のない迷路に迷いこむような感情に支配されるでしょう.

何を言いたいのかというと,人間は,「普遍的世界」と「可変を容認できる世界」の
2つの世界を持っているということです.

もちろん,時間の流れの中で,各々の普遍的世界の概念も更新され続けます.
あくまでも,ある瞬間における普遍的世界と可変を容認できる世界という意味です.

認知症者との関わりの質の根本を担保するのは,自己の普遍的世界の扱い方です.
「自分の普遍的世界は,目の前の相手にとっても共通である」という認識を
否定することができなければ,どんなに素晴らしい認知症ケアの手段も形骸化します.

関わりの中で,目の前の認知症者の「普遍的世界」を図り,自分の普遍的認識を
同期させる作業から,認知症ケアは始まります.

この要素を常に大切にすることができれば,特別な介入スキルを学んでいなくても,
認知症者に害を与えるような対応は極めて少なくすることができるはずです.

認知症者の普遍的世界に自己の世界を同期して,その世界の中で認知症者に安心を
提供し「続ける」ことがケアの基本です.

認知症者は,程度の差はあれど,当然記憶の継続性にも問題を抱えています.
安心という感情は,一度の説明や納得によって得られるわけではありません.
あくまでも安心や快の感情を蓄積し続けることが重要です.

ですから認知症者のケアは,1人のエキスパートがいるだけでは成し得ません.
チームでの,いや同じ環境にいる全員での関わりが不可欠になります.

加えて,病院という環境に所属している認知症者は,
その多くが身体障害も呈しています.

自分の「普遍的世界」が,周囲の人と調和できずに悩むだけでなく,
身体障害によって自己統制を図ることもできずに下位欲求に支配されうる
極めて精神的に追い詰められる環境に所属しているといえるでしょう.

このような環境に適応することができず,
必死に認知症者はメッセージを発しています.

そのメッセージを「問題行動」という言葉で扱い,
服薬によってその「問題」を解決しようとする.
そしてメッセージさえも発信できなくなった認知症者は,
「落ち着いてきた」と表現される.

服薬による「鎮静」や,侵害刺激の反復による「感覚遮断」は
「落ち着いた」のではないのです.

いまだに多くの病院・施設でこのような現状があると思います.
でも全ての認知症者に関わる人たちは,どこかで疑問を抱いている.
僕はそう信じています.

今,最も必要なことは,高度な技術や知識の蓄積よりも,
まずは認知症者に関わる人達の,一回の「成功体験」だと思っています.