20121219

LIBRARY LOUNGE in 医学書院


Meaningful occupation,大切な作業

日常では埋れているが,誰にでも必ず存在する

彼らが大切な作業を発掘した時

ボクは初めて譲れない意志を持った


彼らが大切な作業の実現に向けて動き始めた時

ボクは初めて作業療法の楽しさを知った


彼らの大切な作業が実現した時

ボクは初めて作業療法士としての自分を誇れるようになった.


それが今まで埋もれていた

ボクらにとっての Meaningful occupation "大切な仕事"


"大切な仕事"は"大切な作業"から生まれる


co-creating occupation








ADOC projectの "Why"(なぜやるのか) はいつも変わらない…
クライエントの大切な作業を実現することによって,
作業療法士も作業療法が大切な作業になること.
そしてそれをみんなができるようになること.
"How"(どうするのか)も変わらない.
それは作業に焦点を当てた実践.
いつも変わるのは "What" (何をするのか)だけ…








医学書院本社の二階には,とても綺麗なLIBRARY LOUNGEがあるんだ.
そこには,医学書院から発行されている全ての医学書が並んでいるんだよ.

標準作業療法学や,COPM・AMPSスターティングガイド…etc
僕達が一生懸命読み込んだ書籍ももちろん並んでいる.

そこに僕達の本が並ぶことになったんだよ.

もちろん,"Why" と "How" は変わらない…


クライエントの大切な作業を実現して,

多くの作業療法士が作業療法をもっともっと大好きになれること.

刊行は来年の冬…

今回の "What" も,僕達は co-creating occupation を大切にしたい.
ぜひみんなの意見を沢山聞かせてほしい.

作業療法を好きで好きでたまらない僕達がみんなで作る本なんだから.

きっとみんなの宝物になるよ.












20121217

研ぎ澄ます主体〜12月16日 in 社医学 〜






最初はすごく難しい言葉を並べたスライドを作ったんだけど,
結局ぜんぶ作りなおした.

何を伝えるかをずっと悩んでいた.

専門用語はテキストに並んでいるし,
先人達の言葉は論文の中に散りばめられている.

既に動機付けられた人たちは,自分の力で進んでいけることを体験を通して知っていたし,
迷う人達が一歩を踏み出せない苦労もまた,体験を通して知っていた.

僕の仕事は迷う人達の心を,ほんの少しでも動かすこと.
それしかないと思った.それしか出来ないと思った.

だから,最初のスライドは全て捨てた.
僕の実践をそのまま見てもらうことにした.

その実践を難しい言葉で説明することもやめた.
僕がその実践を行った理由を感じてもらおうと思った.

参加した人たちは気づいたと思うけど,
今回のプレゼンの順番は,逆方向だった.

実践を紹介して,その実践をした理由を語るのではなくて,
僕の心を動かした作業科学の論文との出会いを紹介して,
その後で,ただシンプルに事例報告をした.

正直すごく怖かった.

専門用語を並べた方がずっと楽だった.

でも実践を難しい言葉で飾るよりも,

作業科学を勉強して,心が動いた僕が,
どんな作業療法をしているのかをそのまま見てほしかった.

理論は自分を正当化したり,自分を武装したりするためにあるのではなくて,

理論は自分の感情や思考や行動の精度を研ぎすますものだと思う.

だから,心の底からクライエントに寄り添い,

共創しようとする作業療法士だけが,
研ぎ澄ます主体を持っている.

どんなに沢山の理論を勉強しても,

どんなに沢山の手技を身に着けても,

クライエントの人生を魂全てで支えようとする姿勢がなければ,

おそらく理論は自分の鎧にしかならないと思う.

あの日紹介した僕の実践は,すごく大胆に写ったかもしれないけど,

実践の内容ではなくて,なぜ僕がその介入をしたのかを考えてほしい.

クライエントが病前していた作業だから…そんな理由で僕はあんな介入はしない.

クライエントの「地平」に自らの「地平」を寄せて,お互いの地平の境目さえも
区別できないほどに想いを重ねたから,あの手段を採用した.
そのプロセスを感じてほしい.

共通の理解地平の確立を目指そうといつも寄り添うことに全神経を研ぎ澄ますのは,

クラークの論文との出会いがあったからだし,クラークの論文に出会えたのは,
仲間と一緒にもがいて勉強した日々があったからだ.









あの日の最後は,connecting dots の話で締めたけど,
本当に振り返った時に初めて気付くことが沢山ある.

今日勉強したことが,いつ,どのように役に立つかはわからないかもしれない.


でもクライエントの幸せを心の底から願い寄り添う人達の日々の「点」は,

いつか必ず線になってクライエントの幸せに繋がる.そう信じることが大切.

作業療法に悩み,作業科学を学ぼうとする皆さんに,僕は何も答えを示さなかったけど,

僕の話が,ほんの少しでも日々の「点」を重ねようとする動機になってくれれば嬉しい.






20121214

興奮冷めやらぬまま〜12月16日 in 社医学〜

今週末,12月16日に専門学校社会医療技術学院で,日本作業科学研究会主催.
「作業科学の知識を実践につなげる:作業科学と作業療法の架け橋」が開催されます.


僕も講師の1人として,わずか30分ではありますが,皆様の前でお話させていただきます.僕は臨床家ですので,難しい話をするつもりはありません.臨床家として,どのようにOSに出会い,OSを勉強し,OSがどのように臨床に役立っているのか?リアルな話をしようと思っています.参加される皆様,よろしくお願いいたします.

今回僕は,3つのお話をする予定です.


最初は「OSをどのように学んだか?」です.


2つ目は,「僕のOT人生を変えた論文」です


3つ目は「心に残る事例」です

ちょっとオデッサの階段風のスライドにしてみました(笑)


作業科学は,メタ理論の特性上,実践にどう活かして良いのかを悩んでいるOTが多い印象があります.少しでも作業科学に関心を持ってもらえることを第一に考えてプレゼンしたいと思います.よろしくお願いいたします.

協働の始まりを共に宣言すること 〜12月9日 in 兵庫〜


12月9日,兵庫県で,作業に焦点を当てた実践研修会が開催されました.
いや~熱い一日でした.400名以上の参加をいただき本当にありがとうございました.


友利さんは,作業に焦点を当てた実践についての総論.そして作業療法のこれからについて講演してくれました.難解な理論やプロセスモデルを理解することに苦労していた方達も,作業療法のあるべき構造や立ち位置について理解を深めることができたと思います.


竹林さんは,作業に焦点を当てた上肢機能訓練についての講演です.機能訓練というと,徒手的で受動的な印象を持っているセラピストも多いと思います.しかし今回の講演を聞いて,作業療法士が行う「真の機能訓練」は,作業に焦点を当てた綿密な目標設定と難易度調整の元に,クライエントが動機付けられ,作業に参加し,作業の可能化を通して更にその動機が強化され,クライエントが自らの力で上肢を使って生活を豊かにしていく.結果的に機能も回復していくものです.今回の講演で,真の機能訓練は,作業に焦点をあてた目標設定が不可欠であり,とても科学的でありクライエント主体であることが理解できたと思います.


原田さんは,地域でどのようにして効果的な連携ができる基盤を作ってきたのか.その軌跡を講演してくれました.関わる全てのスタッフをクライエントと捉え,スタッフにCOPMを実施.一見すると別々の目標や関心を持っているかに見えた他職種も,本当はクライエントが大切な作業に従事して,イキイキと生活することを望んでいるんだ.という事実を,チーム全員で認識し合い,クライエントの作業に焦点を当てたチーム支援の基盤を作っていったという内容でした.他職種との関係に悩む多くの作業療法士達にとって,とても参考になり,そして希望を持てる内容だったと思います.



今回は4名の講演に加えて,3名の先生方によるライトニングトークも開催されました.



藪脇先生は,高齢者のための包括的環境要因調査票(Comprehensive Environmental Questionnaire for the Elderly :CEQ)を紹介してくれました.安全を優先した環境設定は,確かに転倒などのリスク軽減にはなるかもしれません.しかしクライエントの真の健康を支援するためには,作業の可能化に焦点を当てた環境設定が重要であり,作業の観点からの環境評価が不可欠です.CEQは今正に求められる環境評価だと思います.



寺岡さんは,OBP2,0の紹介です.作業療法という「手段」の有効性を最大限に発揮するためには,作業機能障害の改善とともの,実践における信念対立の解消が不可欠です.今までの作業療法理論の構造の中に,信念対立解消アプローチを組み込んだ新理論は,とても現実的で実践的です.鎌倉先生が,「大理論,つまり設計図としての理論はもう出尽くしたと思う.それは確かに必要ではあったが,もう流れは定まったと思う.これから必要なのは実践理論である」と書籍の中で語っていたのを思い出しました.正にこの言葉の答えを具現化した理論ではないでしょうか.今後がとても楽しみです.



平松さんは,犬の散歩に焦点を当てた実践報告です.あの日,あの場所で,臨床2年目の彼が登壇したことの意義はとても大きいと思います.多くの若い作業療法士達に勇気と希望を与えた報告だったと思います.



そして僕は今回,面接評価・目標設定についてのお話をさせていただきました.協会が「生活行為向上マネジメント」を推進していることからもわかるように,現在,作業に焦点を当てた実践が叫ばれています.

作業とは,言うまでもなくクライエントの作業であり,作業に焦点を当てた実践を行うためには,セラピストが勝手に目標を設定することはできません.クライエントが,よりよい作業的存在になれるように,クライエントとセラピストが目標を共有するというプロセスが非常に大切になります.

目標を共有するためには,クライエントが,作業療法を理解し,作業療法の目標設定に主体的に参加することが重要になります.そこで重要になるのが,面接評価です.

現在,「作業選択意思決定支援ソフト:ADOC」や「カナダ作業遂行測定:COPM」「作業に関する自己評価:OSA-2」など,クライエントとセラピストが対話する評価法は沢山あります.今回はその中で,ADOCを使用した僕の実際の面接評価を見てもらいました.

他人に面接評価を見られるのはモチロン初めてであり,少し恥ずかしかったですね(笑)しかし研修会のために動画撮影を快諾してくれたクライエントのためにも,ぜひ有意義な時間にしたいと頑張りました!

今回のお話で,僕が一番伝えたかったことは,作業療法は,クライエントの主体性な参加が何よりも大切だということです.

ですから,面接評価は「情報収集」ではないのです.面接評価は,クライエント自身がこれから自分が参加する「作業療法」を理解し,自分の取り戻したい生活を見つめ,その生活を構成する作業や,作業に絡みつく想いの全てを作業療法士と共有し,明日からの協働の始まりを宣言する時間であるべきなのです.

反対に,いくら巧みな話術で会話を盛り上げることができたとしても,恣意的で,クライエントの語りを誘導しようとする面接や,クライエントの世界に寄り添う姿勢を持たない面接は,効果的な結果をもたらさないと思います.

今回参加してくれた皆様が,少しでも明日の臨床に役立てていただけたら,そして,皆様のクライエントの自己実現に,少しでも寄与することができれば,こんなに幸せなことはありません.

参加してくれた皆様.本当に,本当にありがとうございました.

研修会後,今回の動画撮影に協力してくれたクライエントのSさんに研修の成功を報告し,「多くの作業療法士が面接評価に悩んでいます.でもSさんのおかげで,色々なヒントを得ることができたと思います」と伝えると,声を挙げて泣きながら喜んでくれました.その後で,「俺の生活は俺しかわかんねーもんなぁ」という語りがとても印象的でした.

撮影を快諾してくれたSさん.本当にありがとうございました.
今回の講師は,僕ではなくてあなたでした.











20121207

作業に焦点を当てた実践とは in 兵庫




いよいよ明後日,12月9日は「作業に焦点を当てた実践とは」in兵庫が開催されます.

今回の講習会では,
友利先生,竹林先生,原田先生,藪脇先生,寺岡先生,平松先生と一緒に,
丸一日,作業に焦点を当てた実践に関する講義をさせていただきます.

僕も1人の聴講者として,講師の先生方の講義が今から本当に楽しみです.

僕の担当は「目標設定」についてです.
作業療法士は,人がよりよい作業的存在になるための支援を行う専門職です.

よって作業療法の目標は,作業療法士が1人で立案するのではなく,
クライエントが主体的に目標設定における意思決定に参加し,
クライエントと作業療法士が目標を共有するプロセスが大切になります.
そのためには,効果的な面接評価の実施が大切な要素になります.

僕が普段,クライエントと一緒にどのように面接評価を行い,
どのように目標を共有し,臨床を行なっているのかを紹介します.

作業に焦点を当てた実践を追求しようとしながらも,
クライエントとの目標設定に悩む作業療法士達にとって,
少しでも明日の臨床のヒントになるような内容がお話できればと思います.

参加される皆様,12月9日はたっぷりと楽しんでいってください.










20121027

可能化の可能化の可能化






評価は自分が情報を得るために行うと思っていた.
検査や測定の先に目標があると思っていた.
プログラムは与えるものだと思っていた.
変化は全て客観的に測れると思っていた.


今まで築き上げたフレームを壊さなければいけなかった.
フレームを作り変えなければならなかった.
言葉だけでリフレーミングはできなかった.


どんなに経験の無い学生でもニーズという言葉を知っている.
でも作業療法を父権的に提供するサービスであると思っている以上,
ニーズという言葉は決して正しく使用できない.


作業とは,動作や活動と異なること.
作業とはクライエントの一度きりの文脈の中にあること.
作業を遂行するのはクライエント自身であること.
作業の意味や価値はクライエントの中にあること.
変化や効果はクライエントが認識するものであること.


それが実感できれば作業療法という作業の形態は鮮明になる.
真のニーズに寄り添えるようになる.


だからバイザーには,レポートの書き方ではなくて,
評価の目的を徹底的に話し合ってもらったし,
僕の面接評価にもずっと立ち会ってもらった.


可動域の制限や随意性の低下にずっと悩んでいた君が,
嚥下障害があり,発話が不明瞭なクライエントが
友人とお茶飲みを継続するためにはどうすれば良いか?
それを悩みはじめたとき.僕はとっても嬉しかった.


学生という不安な立場で,
家族や他の職員にも積極的にアプローチできた.
クライエントの想いの重さを知ることができた時から,
君は「先生」から「パートナー」になった.


たった8週間という短い期間で,
自分のフレームを作り替えることは大変な苦労だったと思う.
もちろん,それを支えたバイザーも大変だったと思う.


でも,どんどんイイ顔になっていったこと.
クライエントに好かれていたこと.
皆がウチに就職してほしいと思ったこと.
それが何よりも君の成長を物語っているよね.


学生さん.バイザーの2人.本当にお疲れ様でした.
ちなみに僕は何もしてません(笑)






クライエントの目標は作業の可能化であり,
君の目標はクライエントの作業の可能化であり,
僕達の目標はクライエントの作業の可能化による君の実習という作業の可能化.


僕達が君を信じて一緒に考えたから君が成長したように,
君がクライエントを信じて一緒に考えたからクライエントは成長したんだよ,




20121008

揺るぎないもの


サイモン・シネックのゴールデンサークルを知っていますか?

革新的な仕事をすることができる組織と,そうでない組織には
それぞれある共通点があるのだそうです.

そしてそれは,このシンプルな図で表すことができるのだそうです.



ただ円が3つ重なったシンプルな図です.
円の中に,Why How What が並んでいるのがわかります.
これは,物事の進め方を表している図なのです.


成功を収めることができない組織を調べてみると,
円の外側から仕事を作っていく傾向があるのだそうです.

反対に,革新的な仕事を成し遂げる組織を調べてみると,
中心から外側に向けて仕事を進めていくという共通点があるのだそうです.

つまり,What→How→Whyの順番ではなくて,
Why→How→Whatの順番で仕事をすすめるということです.




ADOC projectのリーダーである友利さんも
いつも徹底的に「Why」に拘ります.

安易に手段を考えて,見切り発車することをせずに,
「なぜ」やるのか?「何のために」やるのか?を徹底的に話し合います.

だから,ADOC projectは短期間で沢山の仕事をすることができます.
そしていつも目的を見失うこともなく,手段が形骸化することもありません.

友利さん本人が,
「OTが質の高い作業療法ができるようになって,そして多くのクライエントが
幸せになれるもっと良い方法があるなら,ADOCなんていつでも捨ててかまわないよ」

いつもそう言っています.それはいつも「Why」が揺るぎないからです.

実は先日,友利さんにCOPMを開発したチームから,あるメールが届きました.
詳しくは記載しませんが,著作権等についてのメールでした.
友利さんはCOPMチームに対して以下の返事を書きました.



We are always thinking of ways to improve the OT practice in Japan,
based on medical context.
ADOC was developed based on our strong will which promote to
Occupation-based practice.
If I was to speak out without a fear of being mistaken,
I think our will was nurtured from you via the COPM, CMOP, OPPM etc.
We are very respecting for you and your achievements,
and we do not intend to infringe a copyright of COPM.
Moreover, we are not gaining income by ADOC.
The all earnings pass the cost on to administration  of the website
named "Everyone's Rehabilitation-plan"
We want to contribute to promote the Occupation-based practice.
We hope our will get through you and your colleagues.


私たちはOBPの推進に貢献したいと思っている.

私たちは日本の医療ベースのOT実践を改善する方法をいつも考えている.
ADOCはOBPを推進したいという私たちの強い意志に基づいて生まれたものである.
誤解を恐れず言うならば,私たちのこの意志は,
COPM,CMOP,OPPMなどを通してあなたたちに育ててもらったと思っている.

私たちはあなた方の業績に敬意を表するとともに,コピーライトを侵害するつもりもない.
さらに私たちはADOCによって収入を得ていない.全ての収益は”みんなのリハプラン”の運用費に回している.

その気持ちがあなたたちに届きますように...




このメールに対して,COPMチームからの返信…





Thank you so much for your message and for your explanation.
The COPM Team is pleased to hear from you and applaud your efforts to
improve OT practice in Japan and your support of occupational based
practice.


説明とメッセージをありがとう.
COPMチームはあなたたちから(直接)話しを聞くことができて嬉しいし,
あなたたちのOBP(普及)への取り組みや,日本のOT実践を改善しようとする努力を賞賛する.






やはりCOPMチームの方々は,素晴らしい方達でした.
もしもWhatやHowにこだわる方達だったら,きっと何らかの問題が
発生していたと思います.

このメールから,COPMチームの方達がWhyを大切にしてきたことが分かりましたし,
ADOC projectもWhyを大切にしてきたことが分かってもらえたことが
何よりの喜びです.

僕達は,生まれも,育ちも,住んでる場所も,所属する組織も違います.
また,日々行なっている作業も,臨床・学会発表・執筆・研究と様々です.

でもWhyが同じなのです.

















20121007

「変える」より「気付く」にむけて




今夜は来週のミニ勉強会のスライドを作っています.
対象は回復期病棟の全スタッフなので,作業療法の話ではありません.
今回のテーマは認知症ケア.タイトルは「空間は1つ,世界は2つ」です.


今回の勉強会では,BPSDなどの症状に関する説明や
バリデーションなどの各種技術についての詳しい話は一切しません.

「空間は1つ,世界は2つ」
この言葉の意味を考えるギミックだけを準備する予定です.


現在,認知症者に対する様々な「手段」が提唱されています.
しかしながら,普段臨床に従事していると,これらの手段を効果的に
活用できていないと思わざるをえない場面に多々遭遇します.

私たちは皆それぞれの価値観や経験を踏まえて
世の中の現象を,見て,感じて,解釈して,行動しています.
1人として同じ人間がいないのに,何とか調和がとれているのは,
それぞれから見た「世界」を構成している根本的な原則に共通点が沢山あるからです.

日時,場所,立場…‥etc.多くの基本的な事柄を
「共通認識」できているという認識下の「前提」があるからこそ,
私たちは環境とのやり取りの中で混乱や破綻をきたすことなく
日々を過ごすことができています.

僕は自分がバラだと思っていた花を,
周囲の人たちから「これは似てるけどバラじゃないよ」と指摘されれば,
「あぁ,そうなんだ,自分は間違って覚えていたんだな」と納得できます.

しかし自分の娘を指さして,
「あの子はあなたの娘じゃないよ」と指摘されれば,
とても納得することはできません.頭の整理がつかず,混乱し,
出口のない迷路に迷いこむような感情に支配されるでしょう.

何を言いたいのかというと,人間は,「普遍的世界」と「可変を容認できる世界」の
2つの世界を持っているということです.

もちろん,時間の流れの中で,各々の普遍的世界の概念も更新され続けます.
あくまでも,ある瞬間における普遍的世界と可変を容認できる世界という意味です.

認知症者との関わりの質の根本を担保するのは,自己の普遍的世界の扱い方です.
「自分の普遍的世界は,目の前の相手にとっても共通である」という認識を
否定することができなければ,どんなに素晴らしい認知症ケアの手段も形骸化します.

関わりの中で,目の前の認知症者の「普遍的世界」を図り,自分の普遍的認識を
同期させる作業から,認知症ケアは始まります.

この要素を常に大切にすることができれば,特別な介入スキルを学んでいなくても,
認知症者に害を与えるような対応は極めて少なくすることができるはずです.

認知症者の普遍的世界に自己の世界を同期して,その世界の中で認知症者に安心を
提供し「続ける」ことがケアの基本です.

認知症者は,程度の差はあれど,当然記憶の継続性にも問題を抱えています.
安心という感情は,一度の説明や納得によって得られるわけではありません.
あくまでも安心や快の感情を蓄積し続けることが重要です.

ですから認知症者のケアは,1人のエキスパートがいるだけでは成し得ません.
チームでの,いや同じ環境にいる全員での関わりが不可欠になります.

加えて,病院という環境に所属している認知症者は,
その多くが身体障害も呈しています.

自分の「普遍的世界」が,周囲の人と調和できずに悩むだけでなく,
身体障害によって自己統制を図ることもできずに下位欲求に支配されうる
極めて精神的に追い詰められる環境に所属しているといえるでしょう.

このような環境に適応することができず,
必死に認知症者はメッセージを発しています.

そのメッセージを「問題行動」という言葉で扱い,
服薬によってその「問題」を解決しようとする.
そしてメッセージさえも発信できなくなった認知症者は,
「落ち着いてきた」と表現される.

服薬による「鎮静」や,侵害刺激の反復による「感覚遮断」は
「落ち着いた」のではないのです.

いまだに多くの病院・施設でこのような現状があると思います.
でも全ての認知症者に関わる人たちは,どこかで疑問を抱いている.
僕はそう信じています.

今,最も必要なことは,高度な技術や知識の蓄積よりも,
まずは認知症者に関わる人達の,一回の「成功体験」だと思っています.






20120926

「肯定」と「否定」の理由






ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)は,
2001年に世界保健機構(WHO)によって採択された国際生活機能分類です.

これまでのWHO国際障害分類(ICIDH)が,マイナス面を分類するという
考え方が中心であったのに対し,ICFは,生活機能というプラス面から
みるように視点を転換し,さらに環境因子等の観点が加えられました.

僕の学生時代はまだICIDHの時代でした.就職した当時(2000年),
ICFの前身であるICIDH-2を必死に読み込んだことを思いだします.

日々臨床に従事するなかで,ICFに触れる機会は沢山あります.
一番に思い浮かぶのは計画書でしょうか.みなさんが毎月作成している
リハビリテーション総合実施計画書もICFをベースに構成されています.

また,学生指導の場面などでもICFに触れる機会は多いでしょう.
ICFは作業療法の世界から生まれた分類ではないため,
「使いにくい」という意見を聞くこともあります.

しかしながら,ICFは世界的な一大プロジェクトです.
多くの職種との共通言語でもあるICFは,使いやすいか否かだけで
その価値を判断すべきではないと思っています.

しかしながら,実際にICFに悩むことは多いようです.
特に学生さんはICFをまとめることに悩む傾向があるように感じます.
勿論レポートを作成することが実習の目的ではありません.
しかし自分のしていることを,共通言語の中で表現できるかどうかは
とても大切なことだと思います.

学生さん達の過去のレポートを拝見すると,担当しているクライエントの,
健常時と比較して障害されている部分を「否定的側面」,
残存している部分を「肯定的側面」として,
心身機能・構造,活動,参加の各項目に振り分け,
環境因子については,マンパワーの有無や物理的な制限の有無などから
「促進因子」と「阻害因子」の振り分けを行なっているようです.
また性格的な情報や生活歴などの情報を個人因子に振り分けています.

勿論これは,厳密には間違いではないかもしれません.
しかしながら,完成したICFの表から見えてくるものがないとのことでした.
その分類された項目のどれもが,全てレポートのどこかに書いてある内容の
集合にしかなっておらず,学生さんの,
「今まで何のためにICFをまとめるのかが全然わからなかった」
という言葉をよく聞きます.

ウチの実習では,主目標を達成するにあたって肯定的側面や促進因子になるのか,
否定的側面や阻害因子になるのかに注目しながらICFをまとめてもらっています.

これは当然主目標の立案の仕方が大切な要素になってきます.
「歩行ADL自立レベルで自宅退院」などという目標は主目標ではありません.
これは単なる退院先と退院時能力を列挙しただけです.

主目標は,どのような作業の可能化を通して,どのような役割を取り戻し,
どこで,だれと生活するのかが内包されていなくてはいけません.
このような要素を内包した主目標をクライエントと一緒に共有することができれば,
あとはその目標を「どう」実現するかが焦点になります.

立案した目標に対して「肯定的側面」と「否定的側面」を考えると,
ICFの表はとても有益な情報の集合になっていきます.
また,個人因子にクライエントと共有した文脈や価値観などが入ることで,
肯定的側面と否定的側面の判断はより妥当性を帯びてきます.

嚥下機能が保たれているから「肯定的側面」なのではありません.
長年交流を続けている友人とお茶飲みをすることがクライエントにとって大切だから,
嚥下機能の残存は「肯定的側面」として有益な情報になるのです.

座位が二時間保持できるから「肯定的側面」なのではありません.
どうしても一日中座位で仕事をしなければならないクライエントにとっては
「否定的側面」かもしれないのです.

クライエントと一緒に立案した目標の達成に向けてICFの分類を行うと,
介入モデルの選択も,より俯瞰的に行うことができると思います.

妥当性の高い分類を行い,ICFを有益な情報の集合にするためにも,
「クライエントの文脈や価値観を共有すること」
「目標設定にクライエントや家族を巻き込むこと」
「できるだけ実動作に基づいた観察評価を行うこと」
これらの要素が大切だと思っています.

また,これらの要素に加えて,必要な医学的な情報もしっかりと網羅することで,
症状固定のしていない場合が多い医療現場での介入モデル選択は更に俯瞰性を増し,
その妥当性を高めることが可能であると思います.

ICF は,単に ICIDH に「利点」を加えたものではないのです.






20120921

暗黙知






自宅に帰ったら家族のために料理がしたいと希望するクライエント.
希望を表明してくれたものの,彼女はとにかく控えめな性格で遠慮がちであった.
調理訓練の準備が大掛かりな印象を与えてしまうと,彼女はきっと遠慮してしまう.
そう考えた私は,時間のかかる準備を全て事前に済ませることにした.
訓練中は常にさりげない態度で彼女を支援することを心がけた…


認知症のクライエントと一緒に手芸を行なっていた.彼女は自尊心が強く,
他者に対して自分が「できない」ということをさらけ出せない人だった.
その性格ゆえに,彼女はあらゆる作業への誘いを断り,作業剥奪状態に陥っていた.
このクライエントと一緒に手芸を行う時は,会話で注意をそらしながら,彼女自身も
気づかないように,彼女の作品を修正した.決して彼女の技能を褒めるような声かけは
行わず,作業することの楽しさにだけ会話を焦点化することに終始配慮した…


機能の回復や各種技能の習得がめざましいクライエントと一緒に作業療法室に向かった.
椅子に座ってもらおうとしたが,テーブルの向かい側には,別のクライエントがいた.
そのクライエントは最近自分の欠点にばかり目が向いているため,小さなEnableを
積み重ねて自信を取り戻せるように,担当OTが緻密な対応をしていることを聞いていた.
そこで私は,自分のクライエントを別のテーブルに案内することにした…


クライエントが自分の作った革細工を見せながら冗談を言っていた.
「これは1万円で売れるね!」
それを聞いた作業療法士は,「いや◯◯さん.1万じゃ安いですよ〜」と返す.
次の日,病棟でそのクライエントが同じ会話をしているのを見かけた.
その話を聞いた他の職種のスタッフは,「1万は高すぎるでしょ」との返答…






作業療法士は,「暗黙知」の多い職種だといわれています.
言語化しない,沢山の配慮や調整を実践の中で行なっているという意味です.

それは,単に技能の向上やFIMのスコアにばかり関心を持つのではなく.
クライエントの心の動きをいつも配慮し,クライエントが自ら動機付けられ,
自らの人生を肯定的に解釈し,作業参加を通した心身の健康を取り戻せることに
常に関心を持っているからだと思います.

このような部分に対する作業療法士の「感度」は,相当に研ぎ澄まされていると
僕はいつも思っています.

しかしその感度の鋭さゆえに,他職種のクライエントに対する関わり方に
嫌悪感を抱く原因になったりすることもあります.
恥ずかしながらこれは,僕自身の経験でもあるのです.

自分の過去を振り返って思うことは,嫌悪感を抱く暇があったら,
自分がクライエントのために感度を鋭くしている,
でも普段言語化しない「暗黙知」を開示してチームで共有するほうが
ずっと得策だということです.
それは結果として,クライエントの大きな利益になるのです.





作業療法にはいろいろな側面がある.クライエントのニーズをどう評定するか,どんな介入のしかたがよいか,という問題はある意味で議論がしやすく,研究テーマとしても取り上げやすいものである.しかしセラピストがどうふるまうのがよいか,という問題はなかなかテーマになりにくい.自分もしくは自分たちを対象化することの難しさがそこには横たわっている.しかし専門技術の支柱のひとつは明らかに,セラピストはクライエントに対してどのようなときどのように振る舞うべきか,という問題に関わっている.言い換えれば,セラピストは臨床現場で,その時その時相手と文脈に即して,自分の言葉と動作と表情をどのように組み立てるべきか,という問題である.この技術は重症心身障害児や痴呆性老人など,「よりよい作業体験の共有」が主要目標になることが多い分野においてとくに重要なものだと考えられる.しかしこの種の技術は文献に残されることがなく,そのセラピスト一代限りのものとなりがちである.そのため,技術としての伝承が起こりにくく,現場に入ったばかりの学生や初心者やセラピストを大いに戸惑わせることになっている. 〜中略〜 これまで直感的に行われてきたわざを言語化することの中にも,作業療法の臨床技術を進化させる可能性が潜んでいると私は思う.(鎌倉矩子)