20101229

クオリアという贅沢




数日前から突然の大雪!これは先日帰宅する際、職場の駐車場で撮影した僕の車です。雪を掃いたり、窓ガラスの凍結を解凍したり・・・エンジンをかけてから走り出すまでに約20分かかりました。今年は大変だと思い、すぐに長靴や防水の手袋を新調しました。今年は随分と雪かきに時間を費やすことになりそうです。

次の朝、僕はいつもよりも30分早く起床しました。勿論雪かきをしたり、通勤の渋滞を予想しての対策です。まだ暗い駐車場に出て、手袋をはめると、先日職場で雪かきをした時とは違う感覚が僕を包みはじめました・・・

薄紫色の空・・・雪があらゆる音を吸収することによって成される静寂・・・凛とする空気感・・・色々なクオリア(感覚質)が蘇ってきました。

この感覚が僕は大好きなのです。確かに雪の季節は大変ですが、このクオリアを味わえることが楽しみでもあるのです。僕は寒さの厳しさに、少しだけ嬉しい気持ちを加えた複雑な感覚と共に、雪かきを行いました。

人間は、唯一クオリアを感じることのできる動物です。この作業に同居する感覚質を楽しむには、遂行能力に余裕があり、習慣化によって意識を開放できること、この要素が不可欠です。人間は個々の様々な意味ある作業を遂行する時、それぞれの感じ方によるクオリアも含めて作業を楽しんでいるのだと思います。

普段、意味ある作業をクライエントと共有しようとするときに、目の前のクライエントが、その作業を遂行する際にどのようなクオリアを感じていたか?そんな側面から面接を展開する時間を持つのも面白いかもしれません。それがクライエント自身が、意味ある作業の遂行文脈を思い出すための一助になるかもしれません。

クライエントが、作業遂行時のクオリアまでを楽しめるような援助をしたいものです。












20101221

その気になるということ・・・




七福神は、いつも皆で笑っています。しかしこの七人の神様は、それぞれ性格も、考え方も全く違う七人なんだそうです。「おまえは、俺と全く考え方が違うけど、面白いやつだな~」と笑っているのだそうです。自分と同じ考えを持つ人を味方とみなし、違う考えを敵とみなす・・・これが最も不幸なことだと・・・異物を受け入れて、それでもなお笑っている。そんな状態が幸せなのだそうです。

正月の餅を神様にお供えする理由を御存知ですか?神様の一番の好物は、”人の和”なのだそうです。家族みんなで、息をあわせて汗を流しながら餅をつく・・・そんな家族の和が神様の一番の喜びなのだそうです。

僕の実家は会津の田舎です。大晦日は、朝から鶏ガラを煮ます。会津の年越し蕎麦は、鶏とゴボウでだしをとります(絶品です)。朝から一日かけて、鍋の前でアクを取りながら、ゆっくりと一年を振り返ります。大晦日の夜は、普段使用していない奥座敷に家族全員が集まり、お膳を囲みます。メニューも毎年決まっています。元旦は蕎麦、二日は餅、三日はトロロと決まっています。毎年新年の始まりは、恒例の作業を通して新年を実感するのです。

今は、妻の仕事の関係などで、年末年始は郡山で過ごすことが多くなりました。でも僕は郡山でも、やはり大晦日は朝から鶏を煮ています。台所で椅子に座り、鍋の様子を時々見ながら、本を読んだりしながら、ゆっくりと一年を振り返るのです。

年末年始だけではありません。入学式や卒業式など、人は様々な恒例行事を経験します。その全ては、決してしなければならない義務はありません。入学式なんてなくても、ましてや大晦日に鶏を煮なくても誰も困らないはずです。しかしこれらの作業は非常に大切な作業です。人は、色々な節目に、”その気になる”作業が必要なのです。川のように流れるナラティブに、定期的に楔を打ち、自己の認識をより組織化するのです。それが未来の活力や、過去の肯定や整理につながるのです。

今年からウチの職場は、年末年始稼動します。去年は、仕事収めの前日に、クライエント皆と年越し蕎麦祭りを行いました。朝からクライエント・スタッフ皆で分担して、蕎麦を打ち、ダシを作り、クライエントに配り、嚥下障害のあるクライエントには、ダシにトロミを付けて、クライエントやスタッフ皆で大騒ぎでした。院長はサプライズで大量の天ぷらを差し入れしてくれました。でも今年はそれも無理そうです。作業療法室の大掃除もできません。日々の掃除の最中に、大掃除を分担して行っています。今年の僕は、鶏ガラを煮ることができないかもしれません。二日の餅も、三日のトロロも同様です。クライエント達が、昨年を振り返り、新年の訪れを愛でることができるような関わりを是非心がけたいと思います。

人間は、節目が必要です。恒例の作業が必要です。日々の研鑽の褒美として、時には何もしない時間も必要です。

その気になる環境や作業が必要なのです・・・

20101219

142,000,000の理由・・・








マイバッハ・ランドレー。なんとこの車、1億4200万円です!!!

ボディ・エンジン・内外装に使われる素材が高級なのは勿論、最高のクラフトマンが全て手作業で仕上げてくれるこの車は、オーナーに至極の空間・時間・満足度を与えてくれます。

しかし、本当の素晴らしさは、オーナーとマイバッハ社の協業過程にあります。ショールームでオーナーは、全て自分の目で見て、触れて、素材や色を決めていきます。それだけではありません。本当にオーナーの希望通りに作業が進んでいるかどうか?希望通りの仕上がりなのか?完成前にドイツ本国にオーナが出向き、経過の確認と希望の修正を行います。

マイバッハは、その車としての完成度だけでなく、全て自分の意思で決めて、希望通りに仕上がったという満足度がオーナーを幸福へと誘うわけです。




私のクライエントのSさん。先週2ヶ月の入院生活を経て、自宅へと退院しました。彼はまだ若く、仕事への復帰や家族との関係を再構築するべく毎日協業を行ってきました。

退院前日、初回評価・再評価・最終評価時に、ADOCによって意思決定したPDFを3枚並べて入院生活における作業療法を振り返りました。5段階の満足度の相対比較は勿論のこと、実際のスキルや心理面の変化、今後の生活の展望などをゆっくりと話し合いました。

初回の意志決定、再評価時の目標修正、最終評価時の振り返りをすることによって、彼は、自分の変化を改めて言語化して確認できました。そして、自分の大切な作業が、大切であることを改めて認識することができたとのことです。

作業療法は、クライエントが主体的に取り組めることが理想です。それは、介入初期の目標設定にクライエントがしっかりと参加することだけではありません。どんなに意思決定をクライエント自身が行っても、病院という環境で患者という立場で、日々の作業に従事する中、容易にその主体性は削がれてしまいます。自己の大切な作業が再び遂行できるように、目標設定から達成まで、クライエントが主体性の元に、継続的に作業療法に参加できることを支援することが大切です。

僕はいつもクライエントに、自分の取り戻したい作業と、その取り戻したい理由を感じてほしいです。少しずつでも前に進んでいる感覚を味わってほしいです。協業過程を振り返ることによって、自分の大切な作業が、もっと大切に思えるような作業療法がしたいです。肯定的な循環の中で、自分が決めた作業を遂行できる幸せを感じてほしいです。ADOCは、目標設定時の意思決定だけでなく、作業療法の協業過程を振り返り、新しい作業遂行文脈を客観的に捉えて、強化できるツールであることを改めて感じました。




マイバッハは、全ての工程や協業の過程を振り返り、確認作業を行ってから納車されます。納車当日、マイバッハのトランスポーターは、オーナーの指示した場所・時間に、確実に世界に1台だけのマイバッハを届けます・・・




どこまでもクライエント中心なのです・・・



20101217

直面(ひためん)の表情は・・・




能面には約250種類の顔があるそうです。般若や翁は非常に有名です。その多様な面で、人間の様々な感情や立場を表現し、物語が演じられます。

その中でも、この小面(こおもて)は特別な面です。この面は、喜怒哀楽全ての感情を表現する面なのです。おそらくその造形も非常に熟練した技術を必要とするのでしょう。




今日入院してきた私のクライエントSさん。本人の大切な物を持参してもらうように、事前に御家族にお願いしてありました。家族から布に包まれた荷物を渡されて、ゆっくりと包みを開けると、一瞬驚いて表情が固まってしまいました。

中から出てきたのは、小面でした。その表情は、確かに見る角度によって、喜怒哀楽の全てを表しているような、複雑なそれでした。なんとSさん自身が趣味で長年彫り続けている作品の一つなのだそうです。

正直最初はSさんが彫ったものとは到底信じられませんでした。あまりにも素晴らしく、そして生きているようなその表情は、伝統工芸師の仕事を思わせる領域でした。

Sさんは現在意識レベルがⅡケタ。声掛けに対して開眼はするものの、時々追視が見られる程度の状態ですが、この小面を手渡すと、静かに長い時間角度を変えながら眺めていました。




これから私との作業療法が始まります。心と身体を共振させるような協業をぜひ行いたいものです。



クライエント達は、小面を着けながら生活しているような気がしました。それは、”患者”という役を演じるための面です。喜怒哀楽は当然表現されていても、それは素顔(直面:ひためん)ではありません。どんなに笑っていても、小面の笑顔は、患者という役の中でのみ意味を持つ笑顔なのかもしれません。

僕はクライエントに、自分の価値ある作業に気付いてほしいです。遂行できるようになってほしいです。患者という舞台で、小面の笑顔を追求するのではなく、自分という役を演じる舞台に戻るための情熱を取り戻してほしいです。小面の笑顔の下に、本当の笑顔があることに気付いてほしいです。



そのためには、どうしても作業療法が必要なのです。







追伸:

先日お伝えした、さんのクライエント、認知症のさんのタイルモザイクが完成しました。春の柔らかい空気の中に佇む3羽のメジロが優しそうです。

入院当初、不穏が強く、いつも興奮していたGさん。今日は、この作品を持て余すように抱えながら、さんと共に病棟の中を車椅子で周って、スタッフや他のクライエントと楽しそうに作品を眺めていました。僕に写真を撮れと何度も指示し、数え切れないほど僕はシャッターを切りました。Gさんは、他のクライエントからの賞賛の中で、何度も笑っていました。何度も泣いていました。

老年期のクライエントは、アイデンティティを構成するような作業から一線を退いていることが多く、どんな作業で時間を埋めるのか?そしてその作業が、自分の所属する環境下で、そんな意味を持つのかが非常に大切です。

僕はどんな状態のクライエントでも、第4欲求である”承認欲求”までは階層の底上げが可能であると考えています。どんなクライエントでもです。

僕達作業療法士は、最もフレキシブルな環境因子たるべきなのです。











20101213

過去・現在・未来を繋ぐもの・・・



昨日は福島県の学術集会でした。ウチの後輩達も堂々と発表していて頼もしかった!
しかし全演題数の7割がウチの法人からって・・・・皆でOT盛り上げようよ~^_^;
でもステキな出会いもありました。福島市でOTをしているTさん。すごく作業療法を大切にしていることがバシバシ伝わってきて、同じ会場にいてとても楽しかったです。ぜひ今度呑みましょ~(^.^)


僕の自慢の後輩、Kさんの担当する認知症のGさん。入院当初は興奮が強く、頻回に転倒を繰り返していました。嚥下障害も残存し、PEGから栄養摂取しているGさんには、食事の楽しみもありません。言語でのコミュニケーションも難しく、筆談もできません。険しい表情で毎日を過ごしていました。

昔は左官業を行っていたGさん。Kさんは何とかそこから作業に結び付けたいと色々な工夫をしていましたが、Kさんの努力はその全てが彼に拒まれてしまっていました。

介入の糸口がつかめずに途方にくれるKさん。でもここがKさんのイイ所!絶対に諦めません。タイルモザイクから作業導入に繋げたいと、GさんとOT室にやってきました。

まずは目地の混ぜ方をGさんに教えてもらうことから始めました。Gさんも元左官職人!難易度も低く、効力感も得られるこの作業を毎日積極的に行い、少しずつ関係ができてきました。

次に20cm×20cm程度の小さい作品に二人で取り掛かりました。そのころには、Gさん自身から、デザインのアイデアが提案されるようになり、カワイイ紅葉をモチーフにした作品が完成しました。

その後、少し大きなチューリップのモザイクを作り、現在は、40cm×60cmくらいある大作を製作中です。興奮が強く、いつも落ち着かないGさんは、いつの間にか穏やかな表情で毎日を過ごすようになり、いつもKさんとの協業の時間を楽しんでいます。

今日は月曜日。昨日は休みでした。今朝KさんがGさんの部屋を来室すると、不鮮明な発話で、「昨日は何でこなかったんだ?」と質問してきたのです。

Kさんは泣きそうな表情で僕の元にそれを報告にきてくれました。

曜日の感覚も分からず、記憶も曖昧なGさん。過去とのつながりの大部分を失い、"今”だけに生きてきたGさんに、自分の大切な作業を媒介にして、再び未来への期待や希望といった光が差し込んできました。今製作している大作が完成したら、「ちゃんと飾りたいんだ」という語りも聞かれました。

担当のPTさんが言った、「Gさんはタイルにはまってから普通のおっちゃんになった!」発言も面白かった!




作業選択のプロセスにおいて、上手く協業関係を築けないクライエントは沢山います。しかしそこで介入内容を、ADLや機能訓練のみに限定してしまうことは作業療法士の諦めです。しかもそれは客観的には成立してしまうので、自己批判的視点を持つことも難しいかもしれません。

作業をすることで人は健康になれる!その言葉を、単なるOTの象徴的意味合いで使用するのではなく。実践し、結果を出す!そんな後輩の頼もしさに嬉しい気持ちになりました。





20101210

雪花に寄せて・・・



僕が子供のころに比べたら、随分降雪量も少なくなりました。昔はかまくらを作りたければ、ただ雪の壁を横に掘ればすぐに完成!今は沢山雪を積み上げなければかまくらは作れません。

しかし、僕のおばあちゃんが住む西会津は今でもかなりの積雪が見られます。今年ももうすぐ雪花が見られそうです。

朝起きると、家中の暖房を入れます。除雪車が道路の雪をキレイに片付けてくれますが、その雪は道路の両端に追いやられます。車で出勤するためには、その雪を片付けなければいけません。

その前に、玄関から道路までの導線上に積もった雪を掃除して、道を付けなければ歩けません。車のガラスは凍り付いていますから、出発の20分前にはエンジンを始動しなければいけません。

いつ大雪による渋滞が発生するかわかりませんから、ガソリンは、半分減ったら満タンにしておかなければ危険です。起床から出勤までの作業形態が、季節によって全く別物に変化します。



作業療法士は、クライエントにとって大切な、意味ある作業を再び遂行できるように支援することを本分とします。しかし作業は、季節や場所・遂行する理由など、様々な要素が変化することでその形や求められるものが変わります。だからこそ作業は立体的な物語と共に共有することが必要です。



もうすぐ雪です。クライエントに厳しい身体制御を要求する冬がやってきます。しかし、この冬の厳しさの中、クライエント達は長い年月を生きてきました。この厳しさの中でも、自分の大切な作業を楽しめる心を持っています。物語を持っています。


そのことにまたクライエント自身が気付けること・・・実現すること・・・


僕達の見つめるものは何も変わりません・・・

20101208

楽しいことをすること・・・・することを楽しむこと・・・・




今年ももうすぐ終わります。福島はとても寒さが厳しく、いよいよ本格的な冬に突入です。昼休みに外に出たときには、朝から降り続く雨の降り方が直線的でなく、猪苗代からの冬風に不規則な揺らぎを見せていました。まだ雪とは呼べない形態でしたが、おそらく今週中には初雪が降りそうです。

今年はとても忙しい年でしたが、とても充実した年でもありました。ADOCへの参加、臨床業務、講演、学会準備、子育て、遊び、どれもとても楽しくあっという間に1年がすぎました。

僕は大好きな作業で、時間の大部分を埋めることができていたと思います。でも好きなことをしたから充実できたのではなく、”することを楽しむことができた”から充実していたのだと思います。

作業療法士は、クライエントの大切な作業を共有し、再びその作業ができるようになるための支援を行います。しかし大切な作業を、どんな感情のもとに遂行できるようになったのかが重要だと思います。それが意味ある作業が、もう一度”意味ある作業”になるために必要なことなのだと思います。今日のMOHOの勉強会で、ウチのメンバーとディスカッションしていたときに改めて思いました。

みんないつも研鑽の時間と空間をありがと~!

同期するということ・・・




あなたの見えている世界と、彼女の見えている世界は、まるで違うかもしれません。



あなたの丁寧な挨拶は、彼女を混乱させてしまったかもしれません。



あなたが友好的にした質問は、彼女の効力感を損なってしまったかもしれません。



あなたの発信した情報は、彼女の防衛規制を発動させてしまったかもしれません。



あなたの立ち方は、彼女を緊張させてしまったかもしれません。



あなたの最後の感謝の言葉は、彼女の心地いい時間の連続性を遮断したかもしれません。



クライエントに同期してください。その為には知識が必要です。技術が必要です。



でも、何よりも、あなたが、あなたの目標にクライエントを導こうとせずに、クライエントの幸せを願い、そのために必要な洞察を絶えず続けて、自身で表現し続けてください。そうすれば、自分でも気付かないうちに、あなたは大切な介入をしているはずです。大切な作業を協業しているはずです。



今日、僕が君に伝えたかったことはそういうことです。
時間がなくて上手く伝えられなかったから、今度ゆっくり話します。



君の情熱がクライエントの幸せへと昇華されていくために、必ず必要なことです。



僕達の幸せとは、クライエントが幸せを感じることです。自分の推測や目標通りに、客観的現象が変化することではないのです。君はまだ若いから、実感を伴う理解をするのに少し時間が必要かもしれません。でも考え続けるのです。悩み続けるのです。自分の成果を疑問視し続けるのです。






それがクライエントに対する誠実さなのです。

20101204

足跡

みなさん、お久しぶりです。

最近はかなり忙しくさせてもらっており
全然更新できませんでした・・・・・


12月5日郡山健康科学専門学校で
平成22年度 現職者選択研修
~医療機関における老年期障害作業療法~
の講義をします。


これが終わったら改めて更新させていただきます!

20101119

人生を救うということ・・・




今にも飛び立ちそうなキセキレイと雷鳥です。これはウチの若きエースT君のクライエント、Yさんが作った鳥です。

彼は幼少の頃から野鳥に魅せられ、子供の頃は山に行っては、鳥の巣探しばかりしていたそうです。定年後は、針金で骨組みを作り、そこに紙粘土を盛り付けて形を整形し、絵の具で色を付けて野鳥を作り、その鳥をディスプレイするという趣味を行ってきました。

T君との協業で、自分の大切な趣味と、趣味の価値を取りもどしたようです。あまりに素晴らしくて、山をバックに写真を撮らせて頂きました。





僕のクライエントのMさん。救命が奇跡と言えるほどの広範囲の脳出血を呈しました。現在はベッド上でADLは全介助レベル。コミュニケーションも全く取れない状態です。

先日奥様にお願いをして、春にMさんが植えて、先日親戚の助けを借りて無事収穫を終えた稲穂を病院に持ってきてもらいました。

稲を手にとってもらい、無事に収穫を終えたことを、僕はMさんに話しかけました。全く反応はありませんでした。何度話しかけてもそれは変わりませんでした。

しかし、「Mさんが植えた米が無事収穫されましたよ。これで奥様はまたゴハンが食べられます。Mさんが一生懸命田植えをしてくれたお陰ですね」と語りかけると、彼の表情が変わり始めました。

感情失禁のような突然の号泣とは違い・・・悲しいような、憂うような、安心のような、無念のような・・表現できない表情を浮かべて、ゆっくりと涙が伝いました。

元々弱視だったMさん。難聴もあり、自宅ではテレビもラジオも使用することはなく、静かな毎日を過ごされていたそうです。しかし、車道と歩道を分ける白線を目印に、毎日歩いて田んぼに通い、農業に勤しんでいたそうです。

いつも殆ど口を開かない軽度の知的障害のある奥様が突然口を開きました。「お父さんは私をわかっていますか?」僕に質問してきました。「絶対に分かっていますよ。Mさんの人生の意味は奥様を想い、奥様の為に働くことだったんではないでしょうか?お米が無事収穫できて、奥様がまたゴハンを食べられることに安心したんだと思います」と答えました。奥様もMさんと同じ表情を浮かべ、しばらく時間が止まりました。

作業療法士は、クライエントの命を直接救うことはできません。しかしクライエントとその家族の人生を救うことのできる作業療法士に僕はなりたいです。

”今”の感情は、過去の納得と昇華の上に抱くことが重要です。僕はクライエントに報われてほしいです。自分の人生に納得してほしいです。自分は誰かにとって大切な存在なんだということを全てのクライエントに感じてほしいです。

大切な人を大切と思えるように・・・自分を大切にしてほしいです。それを可能にする作業療法士になりたいです。


20101116

欲求の階段昇降に寄り添いながら共に価値を見つめること・・・



90歳認知症のTさん。毎日OT室でアンダリア手芸の皿作りを楽しんでいました。作った皿に手作りのお菓子を乗せて皆に振舞いたいと、先日は蒸しパン作りを行い、手作りの色とりどりの皿を楽しみながらお菓子をいただきました。昔、京都で稽古修行を経験したTさんは、作法にとてもこだわり、その立ち居振る舞いが自尊心を形成している大切なパフォーマンスであることを伺わせました。

そんなTさんの様子が昨日急に変わりました。「こんなことしても何もならない!もう作らない」との表出が聞かれました。詳しく話を聞くと、最近悪化した腰痛にかなり苦しんでいるとのことでした。

僕はこれからの作業については一切触れずに、ホットパックを施行し、腰部のマッサージや和室での動作練習のみを行いました。その後も、頻繁に部屋を来室し、声をかけました。

家族の都合で、入院期間が延長されているTさん。隣りのベッドのUさんは、毎日沢山の御見舞い客が来るのに、Tさんには殆ど来ません。反対隣のSさんは、歩行でのADLが上り調子で、単位数も増え、PT・OTの介入量が多くなっています。

そんな孤独を強く感じてしまう環境で、腰痛も悪化して・・・Tさんの欲求段階は急降下していました。そんなときは無理に作業に目を向けてもらおうとする介入は、かえって逆効果です。欲求段階の底上げが急には不可能でも、欲求段階の底上げの保障を提供することは可能です。

私達はいつもあなたのことを考えていますよ・・・あなたの苦痛を取り除こうと皆が努力していますよ・・私達はあなたの味方ですよ・・・このようなスタンスで皆が介入し、生理的欲求解決の保障や安心・所属感等が何よりも認知症のクライエントには必要です。

一時的な否定的表出に対して、執拗に傾聴し、対策を提案することは、本人の一時的感情が表出させた”語り”に、逃れられない・取り消しようの無い繋がりを作ってしまうことになります。傾聴とは非常に技術のいるテクニックです。

事実、今日のTさんは今までと何も変わらないTさんでした。楽しそうにアンダリア手芸を行い、表情は穏やかでした。介入が終了し、部屋に送っていくと、一緒に見学していた学生さんに、嬉しそうに作った皿を見せていました。

人間は自らを向上させよう・楽しもうとする生き物です。”意欲低下”などというアセスメントに介入者の誠実さは微塵もありません。”意欲が低下しているから作業導入が困難”なのではなく、意欲的になれない状態で苦しんでいるクライエントを救うことが仕事なのです。毎日アンダリアを楽しむTさん・・・僕に罵声を浴びせたTさん・・・どちらもTさんです。

高齢者は孤独です。身体に問題を抱えています。欲求段階はほんのささいな出来事で、すぐに上下してしまいます。認知症を抱え、自己統制の難しいクライエントならばなおさらです。

僕は欲求段階の最上階で待っているような作業療法士には決してならないと改めて誓いました。クライエントがどの階層でもがいているのかをいつも見つめて、どの階層にいても共に上を見上げながら横を歩ける作業療法士になりたいと思いました。



20101112

涙の理由の変遷に見えた成長の軌跡に



秋です!福島はもうダウンジャケットを着ている人を見かけるようになりました。娘のアンパンマンにもこの帽子を被せる時期がやってきました。この帽子は、去年の冬に、クライエントのSさんが娘の為に編んでくれた大切な帽子です。娘がはしゃぐのでピンボケです・・・



夕方、後輩のKさんに相談を受けました。80代の男性Hさん。独居生活を営みながら、頻繁に健康センターに通い、大好きなお風呂を楽しんだり、そこで顔なじみの仲間との交流を楽しんでいました。彼は毎日英語で日記をつけているスゴイ日課を持っています。毎日の出来事を大学ノートに書き綴っています。毎日の楽しみであると同時に、自尊心を維持する大切な作業であるという印象を先日代行した際に受けました。

健康センターに通い、お風呂を楽しんだり、他者との交流を楽しんだりという作業の構成要素に、自動車運転が欠かせないのだそうです。健康センターまでの交通手段であると同時に、仲間を乗せてあげたりしているエピソードを自慢げに語るクライエントと毎日接する中で、Kさんはどうしても運転をまたさせてあげたいそうです。

心理検査の結果は、”運転の是非は境界ライン”との結果がでたそうです。おそらく主治医としては、高齢であることなどを理由に、運転を禁止しそうな印象が強いのだそうです。何とか定期的に来る高次脳機能障害や自動車運転の判断に長ける専門医の判断を仰ぎたいとのことですが、そこは病院という複雑な社会・・・依頼を主治医にお願いすることが難しい空気があるようです・・・

ぼくはKさんの切実な想いに心が切れる思いを抱きながらも、とても温かい気持ちに支配されていました。”できるか” ”できないか” ではなく、”させてあげたい” そしてその理由がHさんとのストーリーの共有の結果、そこに存在していたからです。

KさんがHさんのストーリーを守ろうとしているのと同時に、僕はKさんの作業療法を守る義務があります。非常に難しいプロセスではありますが、Kさんの想いを守るため・・・そしてKさんの想いを守ることによってHさんの価値ある作業を守るために行動しようと思いました。

いつも作業療法とは?が分からずに自信が持てなくて涙をながしていたKさん・・・・いつの間にかクライエントの大切な作業を守るための涙に変わっていました・・・クライエントの主観に寄り添う作業療法士の鏡のような後輩の価値ある作業をずっと守ろうと思いました。守れる存在でいなければと決意した夕方でした・・・






20101111

人生の四季の彩り・・・





学生が来ています。6週間の臨床実習です。スーパーバイザーはウチのスーパーエースのkibiさん。サブバイザーは急成長中のIさんです。今回の実習では、一般的な実習とは少し違ったアプローチで学生指導に当たっています。

最初の1週間は、クライエントに触れてはいけない。クライエントに触れる前に、徹底的にクライエントの人生に触れてもらう。そのプロセスの中で、クライエントの価値ある作業を共有し、重要性や緊急性を把握してから各種評価項目へと移ってもらうという流れで実習を行っています。

実習開始前、kibiさんと何度か話し合いをしました。学生が混乱しないだろうか?スケジュール的に時間が足りるだろうか?など様々な不安要素がありましたが、実行することになりました。

最初は学生さんの困惑した様子が目立ちましたが、少しずつ表情がイキイキと変化してきて、今では悩みながらも、日々の介入を楽しんでいるようにも見えます。

多くの実習が、医学モデルを基本として、セラピスト中心の思考の元に行われている現状がいまだに根強いのではないでしょうか?学生から見ても、その方が思考や考察は容易であることは想像に難しくありません。徹底的にクライエント中心の実習を臨床経験の無い学生に行わせることは、非常にリスクを伴います。ヘタをすると学生の混乱を助長し、作業療法への情熱をも削り取ってしまう可能性と表裏一体だからです。非常に指導力を問われる介入プロセスだと思います。

kibiさんとIさんは、そんな難題に見事に効果を出してくれています。この実習は、学生さんにとって、作業療法人生の大きな転機になるはずです。


人生に四季があるとすれば、学生さんは、正に春の真っ只中でしょう。そこで眩い太陽の光や養分を与えられることで、人生の夏が訪れます。

僕は、仕事が楽しくなってきたら人生は夏が始まると思っています。しかし、春にしっかりと光や養分を与えられなければ、夏の訪れは遅れ、訪れた夏も力強さに欠けるものになってしまいます。

学生さんは、これ以上無いくらいに、眩い光と養分を毎日吸収していると思います。今回の実習が力強い夏の訪れを保障してくれています。人生の秋に差し掛かっているであろうクライエントに対して、力の衰えを感じる前に、人生経験という紅葉の多彩な彩りに目を向けられるセラピストになってくれると信じています。

kibiさんIさん 毎日学生さんに対する質の高い作業療法をありがとう。











20101028

家族を家族にするということ・・・





重症度が非常に高く、座位をとることも困難。失語も重度であり意思疎通も不可能なクライエントがいます。今朝の事例検討の時間に、僕の自慢の後輩 I さんが、プログラムに悩み、みんなで話し合いを行いました。

このような事例は決して少なくありません。関節可動域訓練や座位保持訓練などの他に提供できることがない・・・そんな悩みはOTならば誰もが一度は経験しているのかもしれません。

このような事例の場合、よく耳にするのは”刺激をいれる”というプロセスです。しかし刺激はクライエントとって有意義な意味のある刺激でなければ、侵害刺激にもなりえます。

次によく聞くのは、家族から”事例が好きだったこと” ”好きだったもの”などを聴取するというプロセスです。これも必ずしも効果的な情報が得られるとは限りません。案外家族も本人の価値を見出していた作業は想起しにくいものです。

私達にとっては日常の風景も、クライエントの家族にとっては”異常事態”です。ついこの間まで元気だった家族が、今はベッドから起き上がることもできず、鼻から管を通されて、言葉を発することもできない・・・耐えかねる景色が目の前に現実として展開されています。

様々な医学的視点からの”丁寧な”説明によって、いつの間にか家族の関係は、重度障害者と介護者という関係にシフトされてしまいます。

心の整理もつかないまま、家族は様々な介助法やリスク管理を伝達されていきます。地球上で最も大切な”家族”への愛情や想いは、いつの間にか、”家でみれるのか?” "この介助を続けていくのは大変だ”という想いに摩り替えられてしまいます。

僕が持っているイメージは、”家族を家族に戻す”というものです。OT介入に使えそうな作業項目を聞き出そうとするのではなく、様々なエピソードを家族と共有しながら、時間や空間や季節や天気や作業の中での”家族としての繋がりや想い”を外在化してもらい、共有していきます。

家族がクライエントを、重症患者としてでなく、大切な家族として見れるようになる頃には、介入のヒントは沢山共有できていることが多いのです。

僕はその大切なプロセスを踏んでから、家族に、どうやって重度障害を負ってしまった大切な家族と人生を送っていくのか?を考えてほしいです。一緒に考えていきたいです。大切な家族を愛するという主体性の中に、頑張るところ・資源に頼るところ・手段を覚えるところなどを決めてほしいです。自宅に帰ることができても、”重度障害者とその介護者”という文脈のまま時間が思い出をすり減らす場合が沢山あります。自宅に帰れなくても、”大切な家族”という想いを根底に共有する関係性で、残りの人生を寄り添うケースも沢山あります。人生において、家族を心から大切に想える以上に尊い作業はないと思います。愛情を根底に置いた想起の中にこそ、価値ある作業は表出されるといつも思っています。











20101027

想いに命が吹き込まれる場所・・・




今朝通勤途中で撮りました。福島の短い秋の貴重な青空。もうすぐ空が薄い灰色に包まれる冬がやってきます。今朝は雲が低くてまるで夏の空みたいでした・・・この数時間後には大雨・・・今年の冬は例年より寒さが厳しいとのことです。

今日は入院している患者様のための不在者投票日でした。数日前からクライエントのSさんと、投票用紙の記入練習をしていました。視覚認知に問題があり、非利き手での記入となるSさんの投票が無効票にならないように、一生懸命練習してきました。昔から立候補者の後援会員だったSさん。一票への想いはとても大きなものでした。何とか記入できるようになったものの、無効票になるかどうかのギリギリの書字でした。時間になり、私が同行すると、練習では見られなかった達筆で、応援している立候補者の名前を力強く書きました。投票を終え、安堵の表情を浮かべながら二人で病棟へと戻りました。

kibiさんは、Kさん自慢の芋床(ジャガイモとザラメ・麹・塩で作る漬物用の床)を作っていました。それで漬けたナスは他では食べられない一品だそうです!明日皆で語馳走になる予定です。

Mさんは、明日自宅へと退院するTさんと一緒に、ゴマ団子を作っていました。昔擁護施設の養母をしていたTさん。自分の孫くらいの年齢の私達に、入院生活のお礼を込めて、ゴマ団子をご馳走したいと張り切って作業していました。

Tくんは、Oさんと一緒になにやらwikipediaで調べ物をしています。昔乗っていたトーハツ(東京発動機)製のバイクがもう一度見たいと、一緒に検索中です。「これは大好きなバイクで2台も買ったんだ」と楽しそうに話していました。歴史など色々なことに興味があるOさん。いつもTくんは彼の興味を示した歴史上の人物などをwikipediaで一緒に調べ、プリントアウトし、彼にプレゼントすることで、病棟での無為な時間を埋めてくれます。

Kさんは、高次脳機能障害が重度なSさんの、家族との生活への復帰を目指し、様々な評価や練習を頑張っています。、今日はAMPS評価を行いました。外泊時の評価と、練習の成果、AMPSの結果から、日中義母と二人になるSさんに、過剰に制限をせず自分らしく生活してもらいながら、かつ安全性も保障された生活を構成中です。

Tさんは、末梢のしびれの訴えから、自分の価値ある作業に目を向けながらも、なかなか主体的な作業遂行にシフトできなかったKさんと、アンダリア手芸を行っていました。言語的な訴えはまだ聞かれますが、少しずつ作業に心が向いてきています。これからも残存する機能障害が、心を揺らがせると思いますが、作業遂行の経験が、揺らぎを最小限にとどめ、また前を向かせてくれると思います。

僕はこの場所をずっと守りたいと心から思いました。この空間、時間を共有するクライエント達の想いがちゃんと伝わってくる場所です。どんな想いでその作業をしているのか・・・自分のクライエントじゃなくてもこの場所では皆それを共有しています。だから皆効果的な”第二の担当者”になってくれます。この空間の空気が、新しいクライエントが自分の大切な作業を見つめるための環境因子になってくれます。

もしも僕がいつか自分の大切な作業の価値を見失うようなことがあったら・・・
この部屋に来たいと思いました。





僕が僕であるために・・・





僕は100mを10秒で走ることはできません。

美しいショパンを奏でることもできません。

空を飛ぶこともできません。

躍動感溢れる書で人を感動させることもできません。

リャドのような美しい色彩を表現することもできません。



でも僕は悲観したりすることはありません。

自分の身体の限界の中で、価値ある作業を遂行しているからです。



僕には大好きな作業療法という仕事があります。

大切なクライエントとの協業があります。

仲間との研鑽という作業があります。

大好きな家族がいます。

子供と遊んだり、一緒にお風呂に入ったり、大切な作業が沢山あります。

大好きな趣味があります。

職場・家庭で色々な役割があります。



これらの作業遂行文脈の中で、過去の思い出と、現在と、未来の目標や夢があります。

時間が流れているから、過去と現在と未来があるのではありません。

色々な価値ある作業が、僕に没頭と納得と前向きな思考を与えてくれます。

もしも価値ある作業を有していなかったら・・・

もしも目の前にある作業の価値を感じることができなかったら・・・

僕は遂行不可能な作業や到達不可能な状態への憧れに、現実を見失うかもしれません・・・

おそらくADL能力ですら、少しずつ失っていくかもしれません・・・

そんな時間の流れの中に光の差した歩みはありません・・・

目の前にある作業の意味や価値を見失い、憧れに思考を支配されながら、

負の循環へと陥っていくことでしょう・・・



僕は自分の大切な作業は何なのかをいつも認識したいです。

何故自分は自分らしくいられるのか?その理由を知りたいです。

自己認識した価値の上に何をしたいか、するべきかを決めたいです。

僕はその作業に没頭したいです。

没頭の中で生じる更なる希望や肯定的思考に耳を傾けたいです。

忙しさや大変さや苦労は、価値ある作業を認識し、遂行してきた自分の過去の蓄積と未来への希望が乗り越えさせてくれます。



僕は障害を持ったクライエントに、自分の大切な作業を思い出してほしいです。

障害に悲観し、一生諦められないであろう元の身体への憧れにだけ、貴重な時間を奪われないように、価値ある作業を再び遂行することへの憧れと遂行で時間を埋めてほしいです。

それを実現するための多彩な技術を持ち、クライエントに提供したいです。



自分の大切な作業ができることの尊さを、クライエントと一緒に喜びたいです。















20101025

原稿用紙に綴った循環への憧れに・・・



昨日は久しぶりに夢をみました。まず一つ目は何と!僕の住む町でF1グランプリが開催されることになりました。僕は開催に先立ち、路面の補修の為の作業員として働くことになりました。そしていざ開催・・・の前に夢が醒めました・・・韓国グランプリを楽しみに頑張って起きていましたが、テレビを付けたまま寝てしまったのが原因だと思います。琢磨に帰ってきてほしいな~

グランプリ終了時間丁度に覚醒した僕は、歯磨きをしてから再び布団にはいりました。その後また夢をみたのです・・・

僕は実習中でした。スーパーバイザーは僕自身でした。僕はクライエントの評価を終えて、目標設定についてバイザーの僕と話していました。するとバイザーの僕は言いました。「主目標は400字詰め原稿用紙1枚に書いてきてね!」・・・「はっ?何言ってんのこの人」僕は言葉が出ませんでした・・・そしてそこで目が覚めました。

そこから僕は眠れなくなってしまいました。夢の中では、このバイザーは何を言っているの?と思った僕でしたが、何だか面白いなぁと思いました。確かに、今自分が担当しているクライエントの主目標を書こうと思えば、僕は原稿用紙三枚は書けます。でも習慣的にある程度の情報を集約して短い言葉で書いているだけなのです。

人間は時間と作業遂行の流れの中で、全く止まることのない存在です。目標も、到達能力のみに焦点を当てれば短い言葉で表現することが可能ですが、僕達がクライエントと共に目指す目標とは、到達能力ではなく”状態”なんだと思います。クライエントが外的・内的期待の元に遂行できる役割があり、没頭できる願望作業を持ち、生活リズムを構成する習慣的作業があり、他者との関わりの元に生み出される心の動きがある・・・そしてそれぞれが良い時もあればあまり良くない時もある・・・・でもその揺らぎは、自己を保つ範囲で収まっている・・・そんな”状態”を目指しているんだと思うのです。実際の業務の中で、原稿用紙一枚分の主目標を綴るのは難しいかもしれませんが、クライエントとどんな状態を目指していくのか・・・言語化し外在化する習慣を付けたいと思いました。







20101024

いずれ訪れる報酬の条件・・・





随分秋が深まってきました。福島の空は夏とは比較にならないほど高く、そして青が薄くなってきました。もうすぐまた、あの厳しい冬が来るのかと思うと少し憂鬱ですが、一面が雪に覆われて、周りのあらゆる音を雪が吸収することで訪れる、耳鳴りのするほどの静寂は嫌いではありません。去年は娘を初めてスキー場に連れていきました。今年は去年よりも溌剌と雪と遊ぶ娘が見られそうです。

あの静寂が少し待ち遠しくなりました。でも真冬の厳寒の時期は反対に、夏の開放性に憧れを抱きます。どちらが良いかなんて議論は無意味です。今を楽しみ、そしていずれ必ず訪れる次の報酬に期待を寄せるのです。普段は意識にものぼらせない”いずれ確実に訪れる次の報酬”が人間には不可欠です。どんな人でも未来の確定的報酬や自己実現予想を意識の下層に存在させています。

クライエントの次の報酬は何だろう。明日の自分に期待することは何だろう。憧れは何だろう。待ち遠しい報酬とは何だろう・・・それを支援するのが僕達です。


第1段階: 生理的欲求(physiological needs)
食欲、排泄欲、睡眠の欲求など「生きること(生命の活動)」と直結した欲求



第2段階: 安全・安定の欲求(safety-security needs)

危険や脅威、不安から逃れようとする欲求



第3段階: 所属・愛情欲求/社会的欲求(belongingness-love needs)

集団への帰属や愛情を求める欲求で「愛情と所属の欲求」あるいは「帰属の欲求」ともいわれる



第4段階: 自我・尊厳の欲求(esteem needs)

他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求で尊厳の欲求ともいわれる。名声や地位を求める出世欲もこの欲求の一つ



第5段階: 自己実現の欲求(self-actualization needs)

各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求のことで、潜在的な自分の可能性の探求や自己啓発、創造性へのチャレンジなどを含む。


ADOCは全ての階層段階の想いを聴取・共有できます。各階層段階の想いを共有しチームの力でサポートしながら階層を底上げし、自己実現に向かう!これだ!!!  セルフケア項目にばかり選択が偏ると、上手くクライエントを作業的視点に導けていないと焦っていましたが、欲求段階説と絡めて考えれば説明がつきます。しかも最初から自己実現に向けたビジョンまで共有することができるんです!!入院リハにおけるADOCの使い方が少しずつ自分の中で構造化できてきた気がしました!

肌寒さに身を縮める僕を尻目に、娘は元気いっぱいに2時間走りまわっていました。滑り台を下から登れるようになったと、得意げに僕に何度も見せてくれました。砂場で5月生まれの僕に、砂のケーキを作ってくれて、ハッピーバースデーを歌ってくれました。雪がふったら雪に倒れてレイちゃんの形を作るんだと意気込んでいました。ずっと挑戦的作業や、人を想う作業をしていました・・・次の季節に自分が遂行する作業を楽しみにしていました。






                   ADOC:作業選択意思決定支援ソフト                     








20101023

パラダイム効果の壁・・・





最近、右片麻痺のクライエントSさんとの協業を思い出しました。私が老健に勤務していた頃ですから、もう8年が過ぎました。彼は旅行が大好きで、退所したら奥様と一緒に、まだ行っていない日本の各地を周ることを楽しみにしていました。車椅子レベルで排泄が見守りレベルになり、しばらく期間が経った時、介護スタッフから、もう自立で良いのでは?との提案がありました。しかし旅行が趣味のSさん。右麻痺用のトイレでのみ排泄が自立しても旅行先で困ると思った僕は、職員見守りで、左麻痺用・右麻痺用・職員用トイレをランダムに使用してもらうプランを提案しました。

旅行が趣味で、これから色々な場所で色々なトイレを使うかもしれないからという理由は勿論伝えました。しかし、そのプランは歓迎されませんでした。

その時の僕は、心の中で介護スタッフを批判しました。職員の都合でクライエントの大切な要素を重要視しない態度に憤慨してしまったのでした。

今思えば、明らかに僕の働きかけが不十分だったのです。昔から旅行が大好きで、夫婦でいつも旅を楽しんでいたこと。自分が片麻痺になったことで、妻を旅行に連れて行けないことを、とてももどかしく思っていること。車椅子で旅行に行くにあたり、なるべく妻に身体的負担をかけない交通手段や旅館をいつも雑誌で調べていたこと・・・・様々な彼の想いを僕は発信していませんでした。

専門職はそれぞれの専門性の視点でクライエントを見ています。そのパラダイムを自身の中に持っているからこそ、目の前の現象の解釈が生まれます。同じ現象をみても、どのパラダイムのメガネを通して見るのかによって、見え方は全然違います。自分のメガネで見たものが、伝わらないからと想いを強要するのでは、余計に価値の共有は遠のいてしまいます。

現在、あらゆる医療現場で”連携”という言葉が飛び交います。その手段を模索する時に、必ず”更なる情報の共有”という方程式が暗に出来上がってしまっている印象があります。しかし僕には、飛び交う情報量が決して少ないとは思えないのです。

真の連携とは、情報量で決まるのではないと”今の”僕は思います。ある情報”A”に対する、それぞれの職種が抱く”価値”のズレを少なくすること・・・協業のヒントはここにあると考えています。その為には、表面的な情報量を増加させるのではなく、発信した情報が、クライエントにとって、どのように有益なのか?どのようなクライエントの肯定的変化を生む可能性があるのか?そしてそれは何故なのか?をしっかりと伝え合うことが重要なのだと思います。






20101021

決して作れないもの・・・



昔読んだ書籍の中で、解剖学者の養老孟司先生がこんなことを言っていました。
「作ることができない物は、決して壊してはいけない」
先日祖母の家に行った時に、田舎の自然の中で思いっきり遊びまわる娘の姿を見たときに
上の言葉をふと思い出しました。周りを見渡すと、あたり一面自然しかありませんでした。
人間が作れるもの・・・それは隣りにある僕の車くらいでした。何故か子供は人間の作れないものに強い興味を持ちます。花・動物・虫・光・・・・・自分が支配できないもの・・・でもとても優しいもの・・・そんな環境が心地よく、そして楽しいのでしょうか?社会にしっかりと適応できる子供に育ててあげること、いや育つ環境を与えてあげることは当然重要だと思います。でも大自然の中で、自分や目の前で起こる現象や物質などその全てが、全体の塩基に集約するような感覚をいつも与えてあげたい・・・全てが別々であるけれど、全ては一つであり隔たりなどない感覚を味わえる環境と感受性をいつも共有していたいと思いました。作れないものを大切にする人になってほしいと思いました。


20101019

ファインダー越しに見えた輝きに・・・



これは失語症のクライエントSさんの一眼レフです。今はあまり見ることがなくなったフィルムの一眼です。最初に上手く意思疎通が図れなかった僕は、ADLや機能訓練に加えて、御家族の情報から病前大好きだったヨガを取り入れて介入を行ってきました。SさんはOT室の和室で毎日行うヨガの時間と空間をとても楽しみにしており、毎日一緒に遂行してきましたが、便秘や点眼の時間などを気にして、病棟を歩き回り、頻会に看護師に点眼時間を確認に来るなどの落ち着かない様子が観察されていました。

もっと価値ある作業で時間を埋める必要性を感じた僕は、上手く評価できるか半信半疑ながらも、失語症のSさんにADOC(作業選択意思決定支援ソフト)を使用してみました。満足度や重要度の選択は理解ができませんでしてが、今まで全く分からなかったSさんの一面が沢山表出されました。

家族との団欒が恋しくて仕方ないこと・・・ラジオを聴くのが大好きで、自宅でもお気に入りのヘッドフォンでいつも聞いていたこと・・・写真が大好きで、自慢のレンズを二本もっていること・・などなど様々な想いが単語・短文レベルで嬉しそうに表出されました。内容を御家族に確認すると、やはりSさんから表出された内容に間違いはありませんでした。

御家族にお願いして、すぐに病室にラジオを用意してもらいました。この頃から、不安そうに歩き回ったり、頻会に看護師の元を訪れることが減りました。また、外泊時に、危ないからと禁止されながらも、2階に上がろうと何度も家族に制止されていたSさんの、2階に上がろうとしていた理由が分かりました。御家族から、「先日カメラやラジオの話がありましたが、そういえばお父さんは、テレビやステレオなどの家電が大好きだったので、そこに行こうとしているのかもしれません!」との情報を頂き、次回の外泊時は、Sさんの愛用していた物品を全て1階で外泊時に使用している居室に移動してもらいました。それからは予測できない行動がなくなり、自宅でも自分の時間を楽しむ様子が観察されるようになってきました。

この変化に、今まで意思疎通が困難で、自宅でみることを躊躇していた御家族にも変化が見られ、とにかく入院期間の延長を希望していた奥様から、「来月の中旬に連れて帰りたいと思います」との希望を聞くことができました。

残りの入院期間でADLやサービスの最終的な調整を行いながら、もしかしたら一生触ることのなかったかもしれない大切な一眼で、一緒に美しい秋の表情を切り取りに行こうと思います。

20101018

人生の欠片・・・




先日実家の自然の中で遊んでいると、里芋の葉が沢山生えていました。「トトロの傘だ~」と娘は大喜びでした。この姿を見たときに、僕もこの葉を下から眺めてみたいと思いました。娘を覆い隠す程大きなこの葉の下から、秋の日差しを葉に透かして感じてみました。

娘の喜ぶ姿にとても嬉しい気持ちになりました。でも僕は単に里芋の葉を見て娘が喜んでいたから嬉しい気持ちになったのではありません。一緒に下から覗き込み、鮮やかに日差しを透過する葉の色を共に眺めたこと。何度も何度もトトロのDVDを見て、あの空想の世界に釘付けになった娘を知っていること。色々な物を共有しているからこそ共感できた感情がそこにはあります。だからこそ茎を掴んで満面の笑みを浮かべた娘の気持ちが自分のことのように嬉しく感じました。

クライエントのストーリーを僕は知りたいです。数え切れないストーリーを紡ぎだし、そのストーリーの中を生きてきたクライエントが、その作業にどんな意味や価値を見出してきたのかを僕は知りたいです。それを知った上で作業を共有したいです。それを知った上で協業したいです。それを知った上で共に喜びたいです。

その人が行ってきた作業を知りたいと、作業療法士は言います。でもそれは、その人の人生を知ることと同義なのだということを改めて思いました。同義で使わなければいけない言葉なのだと思いました。

20101017

無数の色彩に重ねた人生の輝きを再び・・・



僕は絵を描くことが好きです。そんなに頻繁には描きませんが、記念日などに合わせて家族の姿を鉛筆で描く事が多いです。これは娘の1歳の誕生日に妻にプレゼントしたデッサンです。絵を描くことは子供の頃から大好きでした。描き方は、父と、そして数年前担当した両側股関節FHRを行ったクライエントに教わりました。

今日は実家に帰ってきました。今日はたまたま父が教員時代の仲間を招いて特性のピザを振舞っており、僕達もそこへ便乗しました。

しばらくして、家の裏道を娘と散歩していると、野葡萄が実をつけていました。野葡萄は僕達をしばらく動けなくさせるほどの幻想的な空気を放っていました。

僕はこの野葡萄を描きたいと思いました。もしも描くならば、一粒々がそれぞれ鮮やかで、他のどれにも似ていない無数の色彩をどう再現するかが何よりも大切だと思いました。構図や葉の形も勿論大切ですが、僕達はこの無数の色彩の美しさに足を止めました。構図や形がどんなに忠実に再現できたとしても、この色彩を再現できなければ、描いた絵からは今日のこの気持ちを想起できないだろうと思いました。形や大きさは少しぐらい違っても、この色彩を表現することができれば、今日僕達の足を止めたという物語を持った野葡萄になるかもしれない・・・そう思いました。

僕はクライエントと一緒にどんな色彩を再現できているのだろうと思いました。彼らが元々持っていた色彩の鮮やかさをもっともっと知りたいと思いました。どんな色彩も再現できる作業療法士になりたいと心から思いました。使える絵の具が足りなければ、元の色に負けない輝きを放つ別の色で埋められる作業療法士になりたいと思いました。自分の色の美しさを忘れてしまったクライエントには、再び美しさに気付いてもらえる作業療法士になりたいと思いました。自分の色は自分の力でもっと鮮やかに塗り替えられることを伝えられる作業療法士になりたいと思いました。





                                             

20101016

食欲の秋 読書の秋 運動の秋 学会の秋?

 学会準備が忙しくなっています。

今日は朝イチでT君のリハケアの準備のお手伝いをしました。午前中の業務を行った後、午後は郡山市文化センターで当法人の院内学会でした。当初予定していた会場までのバス移動はキャンセルし、急遽tiriさんの車に同乗させてもらい、移動の往復をT君のリハケア準備に使いました。夕方病院に戻ってからは、Sさんの学術集会の抄録作りのお手伝いをしました。

みんなで悩みながらの作業ですが、悩み方が実に素晴らしい!!!混乱ではなく、想いは確かにそこにあり、どう紙の上に産み出そうか?そんな楽しい悩み方をしている後輩達に頼もしさを感じました。家事がワークライフバランスのかなりの時間を占める僕の変わりに、いつも後輩達を指導してくれるkiriさんは、溢れる知識と技術と統率力で後輩を指導し、至らない僕をフォローしてくれています。いつもながら仲間に恵まれている僕です。

家に帰ってからは、先日上腕骨骨折をした義母親の治療を行い、子供と風呂に入り、歯磨きをし、ボールと文字カードで遊んで、その後来年の全国学会の演題の構想をまとめました。

自分のアイデンティティを構成する作業において、チャレンジすることができる環境が与えられていること・・・こんなに幸せなことはありません!ウチのチームのみなさん。大変だけどみんなで頑張ろうね!全ては個々の幸せと自信と作業療法への更なる愛情へと昇華します。そしてその全てが明日の協業の糧となります。

20101005

意思のサブシステムが当てにならない僕が、習慣化のサブシステムにほんのちょっとずつ働きかけて意思が揺るがないように禁煙を成功させました(笑)



今回はとってもくだらない内容です!


突然ですが禁煙始めました!


今回の大幅値上げがチャンスと思い一台奮起しました(大げさ・・・)

僕は禁煙外来も禁煙に関する本も読んだことがありません。

しかしただ気合でやめたのではありません!

先月、自分の禁煙を成功させるための計画を練りました!



まず、ニコチン依存は存在しないという前提を強く信じました。

次に考えなければならないのが習慣的依存です!

これが一番やっかいなことは最初から予想がついていました。

そこで、自分の一日を振り返り、絶対このタイミングで喫煙している

という時間・文脈を想起し、客観的に整理しました。

起床時・出勤前・帰宅時・食後・入浴後~などなど項目を洗い出しました。



次に、毎日一つずつ必ず喫煙している時間を我慢することにしました。

今日は入浴後を我慢する・・・

明日は起床時を我慢する・・・

など、比較的我慢できそうな所から始めました。



するとどうでしょう!!!

なんと三日目くらいには殆ど吸いたい気持ちが無くなり

毎日一つずつ我慢するのが回りくどく感じてきたではありませんか!!!



でもそこで欲張って一気に吸うのをやめるのはいけません!

一日一つ我慢するというノルマ以外は吸うことにしました。



喫煙の間隔がだんだん開いてくると、吸う度に頭がクラクラし

全身が脱力するようになっていました!!!

何て身体に悪いことを長年してきたんだろうと痛感します!

そしてたった1週間で禁煙達成です!

今月に入ってから1本も喫煙していませんが

禁断症状はゼロです!



よろしければ喫煙者のみなさん

”侍OT流禁煙法” ためしに1週間どうですか?

20101002

目的と手段

今日は子供と公園に行きました

最近雨続きだったのが

今日は気持ちのイイ快晴でした

普段はニコンのコンデジを持ち歩いていますが

今日は携帯(エクスペリア)にて日差しを撮影







案外キレイに光が収まりました

マクロではボケ味もそこそこでるし・・・

でも室内撮影ではポテンシャルが一気に下がります・・・

やはりデジカメは画素数ではなくてレンズの明るさと

映像素子などの性能が重要です!



僕の主観ですが

コンデジでトータルバランスに優れているのは

フジのファインピクス全般

レンズが圧倒的にイイのは

パナソニックのDMC-LX3(レンズ超明るい!なんとF2.0!ライカのD-LUX4と物は一緒)

次の候補はこの二台!



どっちも値段的には高くないけど

写真屋を営むクライエントSさんが

ソニーのα900マウントに

カールツァイスレンズの組み合わせがサイコ~だぜ~!!! しびれるぜ~!!!

って言ってたのも気になるな~(高いけど・・・)



でも僕は写真が大好きだけど

写真を撮るために出掛けたりはしません

写真撮影は主目的にはなりません

あくまでも日常の作業の中で残したい一瞬をキレイに残す手段です!

だからやっぱりコンデジかな~  迷う・・・


大好きな作業でも

作業的存在としての自分の中で

どのように位置付けられる作業なのかのよって

求めるもの・必要なものは全く変わります



写真を撮ること自体に価値を置くのならば

僕はコンデジでは満足できません

間違いなくすぐ一眼に移行するでしょう・・・

でも色々な物を見て・体験して・感じることが主な目的であり

あくまでもその素晴らしい時間の一部を切り取るという位置付けで

カメラを使用する僕にとっては

一眼は邪魔でしかありません・・・



価値ある作業が他の価値ある作業と

どのような階層的関係にあるのか?

それを共有してこそ

共に取り組むべき内容

提供するべき環境

目指す作業形態

チャレンジする価値

などが分かってくるのだと思います

(α900+カールツァイスには惹かれますけど~・・・)