希望を表明してくれたものの,彼女はとにかく控えめな性格で遠慮がちであった.
調理訓練の準備が大掛かりな印象を与えてしまうと,彼女はきっと遠慮してしまう.
そう考えた私は,時間のかかる準備を全て事前に済ませることにした.
訓練中は常にさりげない態度で彼女を支援することを心がけた…
認知症のクライエントと一緒に手芸を行なっていた.彼女は自尊心が強く,
他者に対して自分が「できない」ということをさらけ出せない人だった.
その性格ゆえに,彼女はあらゆる作業への誘いを断り,作業剥奪状態に陥っていた.
このクライエントと一緒に手芸を行う時は,会話で注意をそらしながら,彼女自身も
気づかないように,彼女の作品を修正した.決して彼女の技能を褒めるような声かけは
行わず,作業することの楽しさにだけ会話を焦点化することに終始配慮した…
機能の回復や各種技能の習得がめざましいクライエントと一緒に作業療法室に向かった.
椅子に座ってもらおうとしたが,テーブルの向かい側には,別のクライエントがいた.
そのクライエントは最近自分の欠点にばかり目が向いているため,小さなEnableを
積み重ねて自信を取り戻せるように,担当OTが緻密な対応をしていることを聞いていた.
そこで私は,自分のクライエントを別のテーブルに案内することにした…
クライエントが自分の作った革細工を見せながら冗談を言っていた.
「これは1万円で売れるね!」
それを聞いた作業療法士は,「いや◯◯さん.1万じゃ安いですよ〜」と返す.
次の日,病棟でそのクライエントが同じ会話をしているのを見かけた.
その話を聞いた他の職種のスタッフは,「1万は高すぎるでしょ」との返答…
作業療法士は,「暗黙知」の多い職種だといわれています.
言語化しない,沢山の配慮や調整を実践の中で行なっているという意味です.
それは,単に技能の向上やFIMのスコアにばかり関心を持つのではなく.
クライエントの心の動きをいつも配慮し,クライエントが自ら動機付けられ,
自らの人生を肯定的に解釈し,作業参加を通した心身の健康を取り戻せることに
常に関心を持っているからだと思います.
このような部分に対する作業療法士の「感度」は,相当に研ぎ澄まされていると
僕はいつも思っています.
しかしその感度の鋭さゆえに,他職種のクライエントに対する関わり方に
嫌悪感を抱く原因になったりすることもあります.
恥ずかしながらこれは,僕自身の経験でもあるのです.
自分の過去を振り返って思うことは,嫌悪感を抱く暇があったら,
自分がクライエントのために感度を鋭くしている,
でも普段言語化しない「暗黙知」を開示してチームで共有するほうが
ずっと得策だということです.
それは結果として,クライエントの大きな利益になるのです.
作業療法にはいろいろな側面がある.クライエントのニーズをどう評定するか,どんな介入のしかたがよいか,という問題はある意味で議論がしやすく,研究テーマとしても取り上げやすいものである.しかしセラピストがどうふるまうのがよいか,という問題はなかなかテーマになりにくい.自分もしくは自分たちを対象化することの難しさがそこには横たわっている.しかし専門技術の支柱のひとつは明らかに,セラピストはクライエントに対してどのようなときどのように振る舞うべきか,という問題に関わっている.言い換えれば,セラピストは臨床現場で,その時その時相手と文脈に即して,自分の言葉と動作と表情をどのように組み立てるべきか,という問題である.この技術は重症心身障害児や痴呆性老人など,「よりよい作業体験の共有」が主要目標になることが多い分野においてとくに重要なものだと考えられる.しかしこの種の技術は文献に残されることがなく,そのセラピスト一代限りのものとなりがちである.そのため,技術としての伝承が起こりにくく,現場に入ったばかりの学生や初心者やセラピストを大いに戸惑わせることになっている. 〜中略〜 これまで直感的に行われてきたわざを言語化することの中にも,作業療法の臨床技術を進化させる可能性が潜んでいると私は思う.(鎌倉矩子)
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